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「獣医学つれづれ草」 第5話 EUへの輸出畜水産物の規制が強化される! -動物用抗菌薬の新たな規制措置- 田村 豊 先生
EUへの輸出畜水産物の規制が強化される!
-動物用抗菌薬の新たな規制措置-
酪農学園大学名誉教授 田村 豊
欧州連合(EU)は1993年に発足したヨーロッパの政治や経済における国家共同体で27か国(2020年1月にイギリスが離脱)で構成されています。動物用抗菌薬の使用規制についてもEU全体で取り組んでおり、従来から動物に対する厳しい措置を取っています。特に家畜の成長促進目的で使用される抗菌性飼料添加物については2006年にEUで全面禁止措置を取りました。EUの規制措置は日本を含めて世界各国へ大きく影響しており、2017年には米国で医療上重要な抗菌薬の成長促進目的での使用の中止に繋がりましたし、日本でもヒトへのリスクが少しでもあれば抗菌性飼料添加物の指定を取り消す指針が策定され、硫酸コリスチン、バージニアマイシン、リン酸タイロシン、テトラサイクリンの禁止に繋がりました。
今般、2022年1月28日からEUが新たな動物用抗菌薬の使用規制措置
(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/eu_amr.html)を実施する予定で、まだ詳細は
不明な点があるものの日本への大きな影響も懸念されています。そこで今回はこの規制措
置の概要について現時点での情報を提供したいと思います。
医療分野における薬剤耐性菌の蔓延は世界的に深刻な事態に陥っており、動物に治療や成長促進目的で抗菌薬を使用することに伴い、動物で出現した薬剤耐性菌がヒトへ直接的あるいは間接的に伝播することによる健康危害が懸念されています。2015年には世界保健機構(WHO)総会において、「薬剤耐性(AMR)に関する国際行動計画」が採択されるなど、世界的にAMR対策が強化されています。今回、EUはAMR対策として、「動物用医薬品規則2019/6(EU規則)」を採択し、2022年1月28日に適応が開始予定です。本規則の一部はEUに輸入される動物や畜水産物にも適応されるため、日本の関連事業者は本規則への対応が求められており、大きな関心事となっています。
EU規則の目的は以下の通りです。
1.目的にあった動物用医薬品の法的枠組みの提供
2.EU内市場の統合性の強化
3.行政負担の軽減
4.動物用医薬品の技術革新の促進および入手可能性の向上
5.薬剤耐性菌への対応強化
6.経済的に継続可能な安全な薬剤添加飼料の生産の確保
これらの目的でEU規則は9章にわたって構成されています。その内、日本に影響すると思われる条項について示したいと思います。
<条項37:販売承認拒否の決定>
・成長促進を目的とした抗菌薬の販売は承認しない。
・薬剤耐性のリスクが高い動物用医薬品や人体用に使用が制限された抗菌薬を用いた動物用医薬品の販売も許可されない。
・人体用に使用が制限された抗菌薬の詳細は委任法令および実施法令に記載される。
<条項107:抗菌性薬品の使用>
・抗菌薬の日常的な使用または不適切な動物の管理を補うための使用を禁止
・成長促進を目的とした抗菌薬の使用を禁止
・予防目的の抗菌薬の使用も原則禁止
<条項118:EUに輸入される動物または動物由来の製品>
・成長促進目的の抗菌薬の使用禁止は第三国の事業者に適応される
・第三国の事業者はEUに輸出する動物または動物由来製品に対し、「人体用に使用が制限される抗菌薬リスト」に含まれる抗菌薬を使用してはならない。
ここで我々にとって関心が高いのは、動物での使用が禁止される「人体用抗菌薬」になります。EU規則の委任法令に「人体用抗菌薬の指定基準」があります。これではPartA(ヒトの健康に対する重要性)、PartB(耐性の伝播リスク)、PartC(動物の健康のために必須でない抗菌薬)があり、全ての条件を満たす抗菌薬は人体用に指定され、動物への使用が禁止されます。具体的な基準は、以下の通りです。
<PartA>
・重篤な感染症に対する唯一のまたは最後の手段となる抗菌薬
・重篤な感染症の治療のために、EUで許可されている抗菌薬
<PartB>
1)動物への使用が許可されている抗菌薬で、疫学的証拠を含む科学的証拠が存在する場合:
・薬剤耐性菌の出現、拡散、伝播があること。または交差耐性(同系統の抗菌薬に耐性を示すこと)や共耐性(同系統と他系統にも耐性を示すこと)が誘発されていること。かつ、
・ヒトへの薬剤耐性菌の伝播が重大であり、動物への抗菌薬の使用が伝播に関連する。
2)動物への使用が許可されていない抗菌薬で、科学的証拠が存在する場合:
・薬剤耐性菌の出現、拡散、伝播する可能性があること。または交差耐性や共耐性が誘発する可能性があること。
かつ、
・ヒトへの薬剤耐性菌の伝播によりヒトの感染症が重大になる可能性が高く、動物への抗菌薬の使用に関連する可能性が高いこと。
<PartC>
・動物の治療において、その抗菌薬の必要性を示す確固たる証拠がないこと。
・その抗菌剤による動物の治療が不適切な場合、 重⼤な罹患率または死亡率につながるか、または動物福祉や公衆衛⽣に⼤きな影響を与えるが、当該動物種におけるこれらの感染症の治療に対して適切な代替医薬品が利⽤可能である場合。
・その抗菌剤が、重篤な動物の感染症の不適切な治療が⾏われた場合でも、罹患率または死亡率が限定的であり、かつ、その抗菌剤を使⽤しないことが公衆衛⽣上の優先事項であることを⽰す科学的証拠がある場合。
EUの政策執行機関である欧州委員会(EC)は、欧州医薬品庁(EMA)に人体用に確保
すべき抗菌薬リストの検討を依頼しています。しかし、規制が適応される期日が迫っている
現時点でも具体的にどのような抗菌薬が該当するかが明確に示されていません。この背景
としてEU内部から指定基準の取り消しを求める決議案が提出され、欧州獣医連盟などか
ら約8,000の反対署名が提出されたりして混乱しているようです。2022年1月28日から
の運用は決定事項であるものの、今後、さらなる動きが想定されています。これは全くの妄
想ですが指定基準を勘案すると、少なくとも日本で指定されている第二次選択薬が該当す
るように思います。つまり、フルオロキノロン系、第3世代セファロスポリン系、15員環
マクロライド系、硫酸コリスチンです。これらの抗菌薬は獣医療上も重要な医薬品であり、
動物の感染症治療において無くてはならないものです。
ここまで書いたところで、2022年1月28日に運用の開始予定であったEU規則が突如
延期になりました。やはりEUの畜産業界のみならず世界各国の輸出業界に多大な影響を
及ぼすことから、さまざまな意見が寄せられたために慎重な対応が求められていると考え
られます。現時点での情報としては、まず抗菌薬リストに関する実施規則について来年2月
末にEMAが意見書を公表し、この意見書を基に、欧州委員会(EC)が抗菌薬リストに関す
る実施規則のドラフトを作成予定です。このドラフトを基に、来年3月にEU加盟国との議
論が始まる予定だそうです。次に第三国からの動物由来品の輸入に関する委任規則につい
ては、現在ECが規則のドラフトを作成している段階であり、2022年初めにEU加盟国と
の議論が始まる予定とのことです。ということは人騒がせな話ですがEU規則の実施は2022
年の春以降にずれ込みそうというのが現時点での考えのようです。実施日が先に公表され
たために混乱となったもので、日本でこのようなことが起こったら、間違いなく責任論にま
で及ぶ内容であったと思います。なお、2021年11月30日、EMA主催により、EUの製薬
業界ステークホルダーを対象とした動物用医薬品に係るEU規則(2019/6)に関する情報
提供を行うウェビナーが開催されました。なお、プレゼン資料を含めたウェビナーの記録は
以下に公表されていますので参照して下さい。
https://www.ema.europa.eu/en/events/european-medicines-agency-veterinary-medicines-info-day-0
以上ご紹介したようにEUの新たな動物用抗菌薬の規制強化策は、EUのみならず他国に
も影響する状況になっており、EUの動きから目を離せない状況になっています。EU規則
を通読すると、明記されていないものの、その対象は家畜に限定されるかのように感じます
が、目的である動物に対する薬剤耐性菌の対策強化と考えればイヌやネコなどの伴侶動物
にも対象が及ぶ可能性もあながち否定されそうにもありません。将来的に日本の動物に使
用される抗菌薬の規制強化策に繋がらないことを望みたいと思います。なお、EUに輸出す
る動物あるいは動物由来製品を取り扱う事業者は、近い将来確実に規制が強化されるとい
う前提で、対処する必要があるように思います。将来的にEUで動物での使用が禁止される
抗菌薬は日本でも使用される可能性がありますし、抗菌性飼料添加物も使用されています。
動物や動物由来製品を輸出に当たっては事前にそれらの抗菌薬が残留していないかを確認
する必要性も検討する必要があるものと思います。弊社ではこれらの国際動向を踏まえた
上で、抗菌薬の微量分析に対応できる体制の整備を行っています。